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>> 「サムライスピリッツ」に見る日本の自意識 <<

〜 the last samurai 〜


 

いや、結論から書くと、
「タイミングが悪すぎる…」と考えてました.

興行成績を見ても先頃行われたアカデミー賞などと
成功を収めていますし、
マスメディア等の評判の良いみたいですが.

公開時、ふと流れてくるラジオのDJたちもも口々に
「サムライはすばらしい!」「日本人で良かった!」
と言う馬鹿げたコメントも寄せていました.

勿論僕自身もその「日本人」なのですが、
そこに根付いていると思われる美徳道徳としての
「武士道(Bushido)」精神と一体何なのでしょうか.

 

日本人は農耕型民族であり、つまりは「集団主義」.
ある種「自分を持たない」「自分で考えない」という
「出る杭は打たれろ」の共通認識の下に
「自分自身で責任を取らない」という
ネガティブな面も持っています.

確かに狩猟型民族的「個人主義」
を唱えるアメリカ、ハリウッド、
そしてトム・クルーズ(「クルーズ・ワーグナー」という
自身の製作会社)は、
「武士道(Bushido)」という目新しい精神をもしくは書物
そのメッセージ性を下敷きにしして、
『エンターテイメント』としての映画を
製作したのでしょう.

そう見れば、過去の『M:I-2』や『ザ・エージェント』の流れと
共通するものが見れて
(トム・クルーズ主演のヒーロー物として)
鑑賞後には清々しい気持ちになれます.

 

しかしそこに描かれているのは「自分のため」という
個人主義の観点から、
「自己犠牲」をして「誰かのため」もしくは
「正義のために」ということ.

 

もともと「武士道(Bushido)」は新渡戸稲造が明治時代に
外国へ留学している最中、
その教えてもらっていた大学教授に、
「日本人はちゃんとした宗教がないのに、
どうやって道徳を教育しているのか?」
という質問を受けてその答えを
模索して書かれたものです.

時は明治時代でしたから、
それ以前の武士達の生き方を参考にして
自己犠牲の精神や「どう生きていくのか?」
ということが、武士すなわち一人の人間としての
規範となっていたからです.

内容は素晴らしいものですし、
秀悦な哲学書であると考えてます.
そしてそれを証拠に今でも諸外国で
翻訳されていて多く読まれています.

 

ただ、問題はその「自己犠牲」の矛先と
「男=人間」というなのです.

武士が存在していた時代は、
その領土の当主である「殿様」.
新渡戸稲造が書いた時代は、
象徴である「天皇」.
要はその「『主君』のために己を犠牲にしろ」
ということも含まれ
それを美意識として捉えています.

映画の時代背景を考えると「明治時代」
そのころは「尊皇攘夷運動」という、
天皇を象徴としておいて
日本を近代化しようという運動がなされていました.

それを進めていたのが大久保利通.
もう一方でやはりそれまでの君主であった
「幕府」をそのまま武士たちの権威として
崇めようとして戦ったのが、
大久保と若いころ同じ釜の飯を食べた西郷隆盛.
それが「西南戦争」という歴史的事実です.

それはお分かりのように
大久保利通率いる軍の勝利となり、
その後の天皇制が仕上がっていき、
その後は2回の世界大戦が起こってます.

そこで一番の問題は
「誰のために」命を犠牲にしたのか?
と僕は考えています.

その後の歴史的背景から第二次世界大戦時、
政治の実権を握る陸軍の勝手な解釈の元
日本に敷かれていた「天皇制」が
かなりな問題であると考えています.

勘違いしてほしくないのですが、右翼左翼でもなく
イギリスやアメリカのようにその存在を
あくまでも「象徴」としてあるのであれば
問題はないと考えます.

ただ「天皇は神である」という
よくわからない論理の名の元に
多くの犠牲を出したということが問題であるし
考えていかなくてはいけないことであると考えています.

象徴としての「天皇」のために
最後武士たちは命を落としていく…

そういうことを考えていると、
よくある感想のような「日本人で良かった」などとは
決して思えませんでした.



先ごろミュージックステーションに
ロシアの女子高校生(?)二人組みのユニット「t.A.T.u」が
生放送にもかかわらず、番組を途中で降りたということで
日本全国からバッシングを受けていました.

その時、その行為がプロデューサーの戦略であったのか、
ただの気まぐれなのかは分かりませんが、
その意味不明な強いバッシングを見て
日本人の多くは「かなりプライドが高い」
ということを感じました.
もしくは「西洋コンプレックス」があるなとも。
つまり「多分西洋人に馬鹿にされた」と思う
潜在意識があると感じられました.

しかし今度は、同じ外国アメリカハリウッドから
「素晴らしい」と目をつけられたら、
ただ何も考えずに「捨てたものじゃないな…」
なんて思ったのでしょうか.



やはり大半は「深さ」に気づかないのでしょうか?
A+B=□という教育のせいなのでしょうか?
集団主義で
「誰かが責任を取るから、 知ったことではない」という
精神のせいなのでしょうか?

一番大切なのは、
「何が捨てたものではないのか?」
を考えることではないかと
僕は考えています.



最初に結論から書きましたが、
なぜタイミングが悪かったのか?

それは目的意識が見当たらず、
「国際社会」という定義があいまいなままに
行われいる「イラク自衛隊派遣」の時期と
かぶってしまったからです.

そもそも「自衛隊」というのはなぜ存在しているのか?
この場合の「国際社会」というのは何を指すのか?
犠牲者が出たとき誰が責任を取るのか?
という問題点をあいまいにしながら、
「誰のための犠牲なのか?」
ということを疑問点を持たないと、
この先この国はどうなるのか?
という不安が大きくなってしまったからです.

結局その定義があいまいなままに
「国際社会に貢献するため」もしくは
「日本のために」
というわけの分からないことのために
都合よく「武士道」が使われて、
尚更、その事実を肯定してしまうことにある
と考えているのです.

何処かの馬鹿なDJのようにただプライドを刺激されて
「日本人で良かった!」と思わずに、
その先にある「日本人であるということ」という本質を
をもう一度考え直したほうが良いのではないかと
僕は考えています.

まず、最初の命題は「日本」とは何か?

 

ただ、『エンターテイメント』としては十分楽しい映画です.

 

白橋 哲 拝 

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「ラスト サムライ」(2003 米)
The Last Samurai

トム・クルーズ
渡辺 謙
真田 広之
小雪

監督: エドワード・ズウィック
脚本: ジョン・ローガン
マーシャル・ハースコビッツ
エドワード・ズウィック
製作: トム・クルーズ
ポーラ・ワーグナー
音楽: ハンス・ジマー

official site 

http://www.lastsamurai.jp/

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