僕の通っていた高校はとても変でした.
というより、曲がっていました.
最近「戦後教育」という概念がグローバル化に代表される
時代の流れによって大きく根底から
覆されているにもかかわらず、
まさに「時代の遺物」という代物ですかね.
(まぁ、教育法自体が疑問符なのですけど)
僕が現役だった頃というのは
もうかれこれ12〜3年前なのですが、
学帽を被っていなかっただけでビンタでした.
「ここは刑務所か?」と思うほどに、
いつもビクビクもので通っていた記憶があります.
今でこそ、自分の中の捻くれた性格が表に出すぎて
たまにウザがられたりするようになりましたが、
その頃は、むしろ「目立った行動」をするよりも、
「集団の中でおとなしくしておく」と
そうすることが怒られないようにするための
十分条件でした.
今振り返ればそのような分析できるのですが、
当時は逆に「目立った行動」する人に対して、
「何でそんな(間違った)ことをするのだろう」という
ひがみににも似た心境でした.
これを言い換えれば「集団社会」と「個人」の関係に
そっくりそのまま当てはまることなのですが.
まぁ、良い思い出もありましたが、
今考えると根本的に
非常に暗い学園生活ではなかったでしょうか?
体育の時間や体育祭の前に、クラスや全校生徒全員で
「T体操」というよくわからない体操をさせられました.
音楽にあわせて体操したり、「1、2」と軍隊のように
とてつもなくでかい声で掛け声を言わされました.
すこしでもズレタリ、声を小さかったらアウトです。
コワイ体育教師のビンタが飛んできます.
僕は大体昼から夜(正確には早朝)にかけて
仕事をするのですが、
実は未だにこの高校から聞こえてくるそれらの掛け声、
体育祭前だとタイコの音なんかでうるさいのです.
実は家とその高校はかなり近い距離にあるのです.
(だからその高校を選んだという
安直な考えがいけないのかも…)
さて、未だに間違った風習が根付いていることに
とても驚いているのですが、
いつも思うのが
「何故、そんなに大声を出さなくてはいけないのか?」
または「その必要性はあるのか?」ということです.
僕が現役の際は、そんなこと考えても見ませんでした.
ただ、怒られて殴られるのがいやなだけ.
それにその疑問を例えば高校生時分に思いついたとして、
質問したとしたら、それでまた殴られます.
今考えると、かえるくんなら断固粉砕すべきなのですが
(村上春樹著 「神の子らはみな踊る」より)
ホントおかしいです.
まず、「何故苦情が来ないのか」という
命題に取り掛かりましょう.
そもそも昼間だと選挙カーを筆頭に
どうしてこれら「騒音」をだしてもよいのでしょうか?
大半の人が昼間働いて夜寝るという最大公約数を取る、
ということに何の異論もないのですが、
では、「何故昼間に働くことが常識なのか?」
ということからはじめないといけないので、
これはこれだけで終わるので割愛します.
次に、あの掛け声を聞くたびに
当時のことを思い出される、
ある種の「精神的外傷」ですね.
とてもとても不快なのです.
●
世論が北朝鮮のマスゲームや
子供たちの超人的な踊りに対して、
「不気味である」とか「何かおかしい」「排除しろ」
という意見がある中、
どうしてもそれ以上のものを
個人的にその高校に強く感じるのです.
高校の風景を話して、ある人は言いました.
「ほほえましい光景じゃないか」
と。
ではいったい「マスゲーム」と「T体操」の
何が違うのでしょうか?
実はその高校に教育実習で行ったこともあるのですが、
そのときに見た全校生徒で行われる
「T体操」を初めて外から見て
とても吐き気を覚えました.
勘違いしてもらったら困るのですが、
別に北朝鮮を庇護してるわけではありません.
その裏側というか、国家背景を理解せず
ただマスコミから流れてくる情報を
鵜呑みにしてさも自分は理解している
という態度が疑問なのです.
それ以前にそれすらを
「疑問に持たない」ということが疑問なのです.
人種・宗教・経済からしてこの国とは
まったく異なっているので、
まず本当の意味での理解するということは不可能です.
そこから出発しての議論だと、
むしろ近所の高校の体操と、
マスゲームは一緒のものです.
マスゲームの場合は間違うと「生命」を奪われるので、
生半可なものではないということは
心の隅においているでしょうか?
「T体操」をきちんとしないと、
教師から罵声やビンタが飛んでくるのと
緊迫感が違いますが同様のことと思います.
それに北朝鮮の場合、情報を遮断してるので、
僕らから見て「オカシイ」ということの判断材料が、
生まれてからずっとないということ、
つまり、
「それ以外の情報がない=無知である」
ということを認識しているでしょうか?
自分がその高校在籍当時、
その体操やらをさせられる時、
心のどこかでは「何で?」と思っていましたが、
それよりそうせざるを得ない状況、
つまり狭い高校という社会の中で
情報を情報を遮断された状況に
おかれていたと仮定できます.
一番重要なのはつまり
「情報がない」という状態のことを指すのです.
今この原稿を書いている最中でも聞こえてきました…
もし、僕がこれを警察に苦情を出したら、
どれだけの「善良な」人々から
非難を浴びることでしょうか.
白橋 哲 拝
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